Pentagon

<全ての始まり>
――春。 近年、桜が満開になる時期がずれて、入学式に桜並木というイメージも崩れてしまっている。
しかし、持田依緒奈(もちだいおな)の心は満開である。
 K南大学、文芸学部に無事合格することができ、今まさに入学式が終了したところだった。
 入学式の前、緊張のせいか皆の口数は少なく、全身がガチガチになっているのが見て分かる。もちろん、依緒奈もそのうちの1人だ。
 いよいよ明日から本格的な大学生活が始まる。依緒奈は合格してから大学生活のシミュレーションを毎日のようにしている。
 まずは、たくさん友達をつくる。
 どんな講義があるのか調べる。
 イベントにも参加したい。
 そして、サークルに入って大学生活を満喫する。
 それが今、依緒奈が楽しみに計画をしていることだった。
 「とにかく、まずは友達だよね」
 辺りを見回して、すでに仲良く話している人たちが輪になっているのが目に入った。
 ふと、自分から話し掛ける自信がなくなり、もともと引っ込み思案な依緒奈はただ眺めることしかできないでいた。
 その時、突然背後から肩をポンポンと叩かれて振り向いた。
 「1人?私も1人だよ。寂しいから一緒にいよう?」
 「え……、うん。いいよ」
 思わぬ出会いに、満面の笑みを浮かべて返事をした。
 肩まで満たない艶やかな黒髪。猫のような目は大きく、やんちゃな雰囲気が可愛らしい。
彼女の名前は朴葉彩樹(ほおばさき)というらしい。
 「彩樹でいいよ。いおちゃんって呼んでいい?」
 「ありがとう。……彩樹」
 自分も呼び捨てでいいと言ってみたところ、『いおな』だと舌を噛みそうで嫌なのだと言う。確かに、小・中・高と必ず新学年で行われる自己紹介の時は、依緒奈自身もフルネームを噛みそうでハラハラしたことは覚えている。
 会場内での立ち話も何かと思い、2人連れたって学内を見回ってみることにした。


 会場から出れば、外で待ち構えていたのはサークルの勧誘をする生徒たちだった。
着ぐるみ姿。
女装姿。
ユニフォーム姿。
――コスプレ?
「すごいね。皆キラキラしてる!」
 見たこともない賑わいに、まるで田舎から都会に出てきたような浮かれっぷりの依緒奈だった。
 「ねえ。もうどのサークルに入るか決めてる?」
 一通り見て歩いた後、彩樹がそんなことを聞いてきた。
 「決めてないよ。沢山ありすぎて、よく分からなかった」
 そう、沢山ありすぎて頭がパンクしそうなほどだ。
 登山、漫画、広報、演劇。そんな在り来たりなサークルばかりなら決めやすかっただろう。しかし、聞いたこともないような、想像すらできないサークル名までもがあり驚いた。
 心霊?
 コンパ?
 冒険サークルって何!?
 ふざけてる、としか思えない。
 そんな失礼なことも考えながら、依緒奈は悩んでいた。
 「私、運動も苦手だし。なにより人見知りだから、どうしようかなって……」
 一番の悩みどころは、人見知りなのだ。
 「じゃあさ。私の知り合いがいるサークル、見に行ってみない?」
 「知り合い?行く行く!」
 人見知りで積極的に仲間に溶け込む。なんてことはできないが、彩樹の知り合いならばすぐに仲良く打ち解けるだろう。そんな根拠のないことを考えて、あっさりとOKを返した。
 「うん。じゃあ行こっか」
 この出会いが依緒奈にとって人生の転機だったのだろう。そう実感することは、もっと先の話になる。


『万事』と手書きの張り紙が張ってある扉の前に来た。
 周りは薄暗くて静かで、先ほどまでの賑わいとは無縁な場所だという印象だった。
 人の会話さえもしない。
彩樹の話によれば、現在のサークルメンバーは3人らしい。
 この静けさだと、今は誰もいないのではないかと思うほどだ。
 「すごく静かだね。誰もいないんじゃない?」
 「え?どうだろ。私が来ること知らせておいたから、いると思うんだけど…」
 彩樹が小首を傾げながらも薄汚れた扉の取っ手を掴む。
 「あれ……、誰もいないや」
案の定、扉の向こうには誰もいなかった。
「いないね。また改めで出直す?」
少しほっとしながらも、興味があったことは確かなので後日に伺ってもいいかと思った。
しかし、まるで自分の家かのように彩樹は机と4つの椅子しかない部屋の中へ進み、依緒奈に座るように促した。
 「せっかく来たんだし、ちょっと待ってよう?」
 ……本当にいいのだろうか、勝手に入っても。
 ドギマギと中へ入り、促されるままに椅子へ座った。それなのに、彩樹は椅子に座らずにずっと立ったままなのが気になった。
 「彩樹?」
 「うん。誰かいないか見てくるね?トイレかもしれないし」
 依緒奈が静止するまでもなく、扉の向こうへ消えてしまった彼女に呆然とした。
 ―なんだか帰りたくなってきた。
 彩樹は好きだ。会って間もないが、気さくで人懐っこくて可愛らしい。何より見ていて癒される。
 だけど、こんな人気のない静かな場所に1人取り残されれば不安にもなる。思わずため息が出るほどに。
 「はぁ……」
 「どうしたの?そんなため息ついて」
 扉が開いたことに気がつかなかった。
 そこには、背が高くて優しげな目をした青年が立っていた。
 依緒奈は慌てて座席から立ち上がり、勢いよくお辞儀をした。
 「ごめんなさい!勝手に入って」
 青年は目を瞠り、ふっと微笑んで見せた。
 「いいよ。礼から話は聞いてるから。朴葉ちゃん……だっけ?」
 「違います。私は彩樹の友達で、持田依緒奈って言います」
 慌てて顔を上げて、自分は彩樹ではないと身振り手振りで主張した。
 その時、ぷっと青年が吹き出したのを見て、あまりの恥ずかしさに顔を赤くして下を向いた。
 「ごめんね。そっかぁ、持田ちゃんって言うのかぁ。」
とても柔らかなイントネーションで言葉を返してくれる。青年の性格が話し方からにじみ出ているように感じ、仲良くなれるかもれないと思った。
 「俺は4年の宮瀬祐一(みやせゆういち)って言うの。よろしくね」
 「はい、よろしくお願いします。」
 宮瀬は依緒奈の頭を軽く撫でてきた。
 と、そこへ誰かが見ていることに気付き振り向いた。
 「ミヤ……、部室で女口説くなよ」
 「お前にだけは言われたくない……」
 「そうよ。宮瀬さんは無意識なんだから。峰君とは違うのよ」
 「礼ちゃん、何気に酷い……」
 見知らぬ男女2人と彩樹がそんな会話をしているのを見て、驚きと恥ずかしさのあまり口をパクパクさせた。
 (変なとこ見られた……っ)
 自分の挙動不審な行動には自覚していた。だから今の宮瀬と依緒奈との会話を聞かれ、居た堪れなくなってしまったのだ。
 「いおちゃん、ごめんね。1人にしちゃって。皆見つけてきたよ」
にっこりと笑って、彩樹が両脇に立っている男女の紹介を始めた。
「こっちは寒川礼(さむかわれい)ちゃん。2年生なんだけど、私の幼馴染だよ」
「よろしくね。いおちゃん」
ふわふわとした栗色の髪の毛。大人の雰囲気をかもし出した礼は軽くお辞儀をして依緒奈に向かって微笑みかけた。
「それで……こっちは、峰彰人(みねあきひと)さん。礼ちゃんと同じ2年なんだって」
「よいろしく」
峰は宮瀬ほど背が高くない。しかし、依緒奈よりは遥かに高い。その長身を屈めて顔を覗き込んでくる表情は、挑戦的としか言いようがない。
目鼻立ちがはっきりとしていて、日本人離れをした顔は綺麗すぎるほど綺麗だ。
(なんだろ……この人。ちょっと怖い……かも)
第一印象はまさに、それだった。
整った顔をしてはいるが、雰囲気が怖いのだ。
優しさの滲み溢れた宮瀬が隣にいるから、そう感じてしまったのかもしれない。
「万事サークルへようこそ」
宮瀬がそういって歓迎の言葉を投げた後、各自椅子に座って会話を始めた。
依緒奈はその瞬間から万事サークルの一員となったのだ。